今年の夏は、とにかく暑い…。

今年に限らず、近年は35℃を超えるような「猛暑日」が多くなり、ニュースで見聞きする「熱中症」の疑いで救急搬送される方の人数に、驚かさられます。

まさに、「地球の温暖化」を実感させられますね。

そんな日本の暑い夏を、少しでも涼しく感じさせてくれるのが、今回のテーマ「風鈴」です。

風に仰がれ「チリン、チリリン…」と鳴る風鈴の音は、ひと昔前までは「夏の風物詩」とも呼べるモノでしたが、近頃は聞く機会が少なくなってきたかもしれませんね。

熱中症予防で「エアコン」の利用を推奨される現代ですから、風鈴の役目も薄れているのかもしれません。

それでも、デパートやショップで風鈴が並べられていたりすると、つい立ち止まってしまうという方も多いのではないでしょうか。

あのガラス製の風鈴の涼しげな姿、音色に、あらためて魅力的を感じてしまうんですよね(笑)。

今回はそんな「風鈴」について、「由来」などを含めてチョッと詳しく探ってみたいと思います。

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風鈴の発祥は古来「中国」!?

日本の夏の風物詩の1つ「風鈴」も、その由来を遡れば古来「中国」に行きつきます。

ただそれは「由来も由来」で、その姿も音色も、夏を涼しく過ごすために工夫された、日本の風鈴とは似ても似つかぬモノでした。

風鈴の由来は中国の占い道具だった?!

風鈴の由来を遡ると、古来中国で用いられていた「占風鐸(せんふうたく)」と呼ばれる占いの道具に行きつきます。

竹林にぶら下げ、音の鳴り方、風向きを見ることで、物事の吉凶を占っていたとされています。

その風鈴の大きさも、私たちが知ってる風鈴よりずっと大きなモノでした。

日本の風鈴の始まりは「厄除け」の「風鐸(ふうたく)」?!

風鈴の由来とされる「占風鐸」が、日本に伝わったのは、仏教伝来(538年)とほぼ同時期。

ただし、まだまだ現在のような風鈴のイメージはありません。

現在も寺院の屋根の四隅に見るコトもできる「風鐸(ふうたく)」が、日本の風鈴の始まりの姿です。

材質は青銅で、「小さな鐘」のような形、その音も現在の風鈴のように「チリン」と涼し気でキレイな音ではなく、「ガラン・ガラン」と迫力のある低音から、当時は「厄除け」「魔除け」として使われ、風鐸の音が聞こえる範囲の住民には災いが起こらないと信じられてきました。

当時は、音をさえぎるようなモノも少なく、きっと遠くまで風鈴の音が聞こえたのでしょうね。

平安時代や鎌倉時代になると、外から疫病神が入ってこないようにと、貴族の間では風鐸を「屋敷の縁側」にぶら下げるようになり、寺院以外でも「厄除け」として使われるようになったとされています。

目的こそ違うものの、「屋敷の縁側」にぶら下げる様は…、だいぶ風鈴のイメージに近づいてきましたね。

今でも「小さな鐘」のような風鈴、見かけますものね。

日本での風鈴の広がりは!?

中国で占いの道具として使われた「占風鐸」が仏教と一緒に日本へ伝わり、寺院で厄除け・魔除けとして「風鐸」と呼ばれるモノが掛けられるようになったのが、日本の風鈴の由来。

そこからさらに、現在主流となっている「ガラス製の風鈴」が生まれ、どのように日本に広まっていったのでしょう?。

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ガラス製の風鈴のはじまり!

私たちがよく知る「ガラス製」の風鈴が作られるようになったのは、江戸時代になってからのことです。

享保年間(1700年頃)に、長崎のガラス職人がガラスを「見せ物」として大阪・京都・江戸と興行しながら伝えて歩いたそうです。

さながら「長崎物産展」のようではありますが、当時の風鈴の価格は現在のお金に換算すると、なんと「200万円~300万円」にもなったそうですから、おいそれと庶民が買えるモノではなかったようです。

まして、軒下に無防備にぶら下げておくコトなんて…(苦笑)。

当時の日本には「ガラスの原料」を作る技術がなく、外国人が出入りする長崎を中心に、材料は「輸入」するしか手に入らないモノだったのです。

その後、江戸末期の学者たちによってガラスの製造方法が研究され、天保(1831年~1845年)以後になると、ようやく安価なモノとなっていきました。

ガラスの原料の製造方法が確立され、庶民も手軽に楽しめるような価格になったコトによって、日本の風鈴文化は大きく広まりを見せ、明治20年代にはガラス製の風鈴の全盛期を迎えたとされています。

素材によって違う風鈴の音!

風鈴というと、これまで紹介してきたような「ガラス製」の風鈴をイメージしますが、それだけではありません。

素材、形、サイズも大小さまざま。

私たちがよく目にする代表的な風鈴は、

・ガラス製の「江戸風鈴」
・鉄製の「南部風鈴」

鉄製の南部風鈴こそ、由来となった「風鐸」の流れを継いでる感があります。

ご自宅に「釣鐘(つりがね)」のような形をした鉄製の風鈴があるなら、それは南部風鈴かもしれません。

また風鈴の音も、素材によって違います。

江戸風鈴と南部風鈴の音の違い!

風鈴の魅力の1つが、使われている素材や形によって音色が違ってくるコト。

実際に、デパートやショップに並べられた風鈴を手に取り鳴らしてみると実にさまざまです。

同じガラス製の風鈴でも「チリン、チリリン」と可愛らしいモノや、「カラン、コロン」といった柔らかいモノも。

同じ種類、同じ形でも微妙に音色が違うのは、「手作り」に由来するものでしょう。

江戸風鈴と南部風鈴の音を比べてみても、

・ガラス製の江戸風鈴 : ガラスの繊細で、透き通るようなキレイな音。
・鉄製の南部風鈴 : 「鉄」ならでの、1つの音が長く響いて残る感じ。

と、それぞれ素材によって特徴に違いがあります。

遠く聞こえる風鈴の音から、素材や形をイメージできたら、「風鈴通」を名乗ってイイかもしれませんね(笑)。

まとめ

風に仰がれ「チリン、チリリン…」となる風鈴の音。

近頃は聞く機会も少なくなってはいますが、その音、ガラスの涼しげな姿は、現在も「夏の風物詩」といえるモノですね。

今回、あらためて風鈴の由来を覗いてみましたが、現在の私たちがよく知る風鈴とは似ても似つかぬモノが始まりでした。

・風鈴の由来は、古来中国で物事の吉凶を占う道具「占風鐸(せんふうたく)」に始まる
・仏教伝来(538年)と同じ頃、「風鐸(ふうたく)」として日本に伝わる
・寺院の屋根の四隅にぶら下げ、「厄除け」として使われはじめた
・平安.鎌倉時代になると貴族の間で、疫病神が入ってこないよう「縁側」にぶら下げられるようになる
・ガラス製の風鈴が作られるようになったのは「江戸時代」から
・ガラスの原料がない時代、風鈴は200万円~300万円もする高価なモノ
・江戸末期から庶民にも広まりはじめ、ガラス製の風鈴は「明治20年頃」に全盛期を迎える

言えるコトは、由来が「占い道具」や「厄除け」だったとしても、まったく異なる1つの風鈴文化を確立してしまうのが日本人らしい点。

日本での風鈴の広まりには、途中で紹介した「長崎のガラス職人」の功績も大きいし、ガラスの原料の製造方法を研究した学者たちの功績も大きい。

それなくして、庶民に広く「風鈴」が広まることはなかったのですから。

それにしても、ガラス製の風鈴の全盛期となった「明治20年頃」。

夏になると街の彼方此方で「チリン、チリリン」、「カラン、コロン」、「チーン…」とさまざま聞こえる風鈴の音で、さぞかし賑やかだったんでしょうね?。

涼しげなのか、暑苦しいのか…。

当時の街を覗いてみたくなりました(苦笑)。

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