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ギョギョーッ!という独特のキャラクターと、その豊富な魚の知識で、一躍有名になったさかなクンさん。

彼の魚への知識は相当なもので、海外の海底探査チームから
「日本のさかなクンさんを呼ばないか」と声がかかるほどだそうです。

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さかなクンの知識はお父さんの影響

いったい、彼のその天井知らずの魚への知識はどこからくるのか?

その秘密は、彼の「お父さん」にありました。

さかなクンさんのお父さんは、ふつうのサラリーマンではありません。

名前は宮沢吾朗。

その職業は「プロ棋士」年に3人ほどしか受からない、倍率百倍以上ともいわれる難関をくぐりぬけて、囲碁のプロになったのです。

さかなクンさん自身も、アマチュア五段ほどの実力があり、宮沢先生自身もさかなクンさんをプロの道に歩ませようと考えたことがありましたが
「石を取られて泣くのではなく、こんなすごい手があったんだ!と手をたたいて喜ぶ子供だったから、向いていないと判断した」のだそうです。

そんなさかなクンさんが、魚に興味を持ち始めた時、宮沢先生は、ありったけの魚の辞典、辞書、魚に関する書物をさかなクンさんに買い与えました。
そしてさかなクンさんはそればかり読んで、ぐんぐんと魚に関する知識を身につけていきました。

ちなみに、学校の勉強はほったらかしです。

ただ、生物など魚に関することは優秀だったのではないでしょうか。

あまりにも学業をおろそかにするので、学校の先生は父親の宮沢先生に直談判に行きました。

「このままじゃ魚のことしかできない子になる。ふつうの勉強もおうちでさせてください。」

その言葉に、お父さんは答えます。

「うちは、これでいいです。」

囲碁のプロ棋士と言えば、その道のプロです。

その道だけをつきつめたプロです。

宮沢先生は
「たとえどんな内容でも、誰にも負けない何かがあれば、かならず将来の役に立つ」

ということを身を持って知っていたんですね。

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さかなクンが有名になるまで

さかなクンさんはそこから「水槽学」と間違えて「吹奏楽」部に入ったり、でもそこで金賞をとったりしながら、学生生活を過ごしました。

そしてさかなクンは、伝説の
「テレビチャンピオン 全国魚通選手権 五連覇」
を成し遂げ一躍、日本で有名になりました。

ちなみにその前から、魚業界(?)では有名だったようで、
カレイとヒラメの見分け方を見つけたのはさかなクンだったり(学校の自由研究で発表した)
カブトガニの人工孵化に学生時代に成功していたり、なかなかすごい経歴の持ち主です。

ちなみに魚通選手権五連覇のあとは、殿堂入りし問題の出題者になったり審判をしていました。

ほかにも、イラストが得意で仕事にもなっています。
魚のイラストへのこだわりは驚異的で、鱗の数や、魚のヒレの線の数など細部に至るまで完全に再現しています。

子供の夢を壊したくないので、年齢は非公開。
年齢を聞くと「成魚です!」と答えることから、
「実は本体は上の帽子なのでは・・・」とネット上でジョークとして言われることもあるそうです。

一つのことをつきつめれば必ず何かの力に(仕事に)なる!
というお父さんの信念は間違っていませんでしたね。

これからも、さかなクンさんの今後に期待します!

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